沖縄と多文化共生(1) Okinawa and Multiculturalism (1)
那覇の国際通りを歩くと様々な人々を目にする。本土からきた旅行客、地元の沖縄の人々、海外(特にアジア)から来ている旅行客。那覇から少し離れた基地の町にいくと、米軍兵士も多く居る。南国の太陽の下、三線の歌が心地よく流れる。真 […]
那覇の国際通りを歩くと様々な人々を目にする。本土からきた旅行客、地元の沖縄の人々、海外(特にアジア)から来ている旅行客。那覇から少し離れた基地の町にいくと、米軍兵士も多く居る。南国の太陽の下、三線の歌が心地よく流れる。真 […]
多文化共生を再考する/Live Multilinguallyブロガーの自己紹介です。 15名の執筆者+代表の藤田ラウンド+ウェブサイト・デザイナーの服部=17名 1 Nickname: Audrius 関係国: リト […]
久松の中で、下地勇さんを知らない人はいないだろう。ミャークフツ(宮古ことば)、久松フツで歌うシンガーである。次のYouTubeは、社会言語学者のパトリック・ハインリッヒさんが撮影をしたものだが、勇さんとパトリックさんに許 […]
今日は久松・宮古島での最終日。 荷物をまとめ、民宿で自転車を借りて、浜に向かう。昨日のおじいに会えるだろうか。 この浜はパイカジの話をしてくれたおじいがいた、漁船がたくさんあるいわば久松の中心的漁港からは少し離れている。 […]
この左の写真の奥に見えるのが伊良部島である。来年には、伊良部島と宮古島が結ばれる橋が開通される。そのため、橋がかかる後を見越して、宮古島中心地から久松に繋がるあたりは、道路沿いに新たなマンション、コンクリートの建物が著し […]
宮古島は2005年10月1日に旧5市町村が合併して、宮古島市となり、現在は、「宮古島」「池間島」「大神島」「伊良部島」「下地島」「来間島」の6つの島、そして「多良間島」「水納島」が宮古郡多良間村に属している。 私は「多文 […]
「パイカジ」で釣りに行かれなかったおじいが、連れて行ってくれた場所は、宮古島の「島の駅」というところだった。宮古島のお土産をはじめ、焼きたてのパンやケーキ、そとでは宮古そばを売っている。 あと3時間後にインタビュー調査が […]
「パイカジ、南風、が吹くときは沖縄ではみな漁にでんのさ」という趣味で魚釣りをしているというおじい。 今日は日差しもきつく、気温も高い。地図を見ながら集落を歩き回っていると汗がでてくる。 どこにいても、海が見えるので、その […]
沖縄県宮古島は、沖縄本島から飛行機で40分、先島諸島に属する島である。 2014年2月のまだ雪の残る東京から一気に宮古島に来た私の目には、目がくらむような日差し、そして、緑と花の色だった。現地の方から、1月2月は花が一番 […]
2013年8月15日、今年の終戦の日、私は沖縄県宮古島市にいる。
この島の小・中学校の先生方と話していて、東京(本土)では見えないことが見えてくる。私にとっては歴史上の第二次世界大戦という戦争が終わったことが「平和」の訪れとして重要に思えていたのだが、宮古島・沖縄県では、それ以上に6月23日の沖縄戦、5月15日の沖縄返還・本土復帰という日付が大きな意味をもつ。