生々しい記憶
2013年8月15日、今年の終戦の日、私は沖縄県宮古島市にいる。
この島の小・中学校の先生方と話していて、東京(本土)では見えないことが見えてくる。私にとっては歴史上の第二次世界大戦という戦争が終わったことが「平和」の訪れとして重要に思えていたのだが、宮古島・沖縄県では、それ以上に6月23日の沖縄戦、5月15日の沖縄返還・本土復帰という日付が大きな意味をもつ。教科書で得た知識ではなく、ひりひりとした痛みを伴う、身近な生々しい「記憶」。
東京(中央)だけに留まっていると、ローカル(地域)の視点、はたまた、全体がみえてこない。教科書だけではなく、ローカルな、生々しい記憶から、もっと学ぶ必要があるのではないだろうか。「国」といった一つの単位とか、日本社会という一括りにしたところからは見えない視点を、丹念に拾うことが大事なのではないだろうか。
戦争に関わる、痛みを伴う生々しい「記憶」を持たない私は、他の人の記憶に耳を傾けることしかできない。まずは宮古の仲間たちの声を、自分が直接聞いた記憶として「残しましょうね(残します)」。