多文化共生の途上で On the way of Multicultural ‘Kyosei(co-existence)’
いやはや、毎日暑いね。
前に書いたように、宗教への関心を強めつつ、毎日大久保で生活している。
実はバイト先の会社も先日引っ越して大久保にオフィスを構えたので、一日大久保から出ることがなかったりするほどだ。
しかし、思った以上に宗教へのアクセスは難しい。たまりかねて、以前記事にした「NO KEBAB, NO LIFE」のケバブ屋のお兄さん(通い詰めすぎて、先日ついに50円まけてくれた。ありがたいことだ)に聞いてみた。
「大久保にモスクがあるって聞いたんだけど、どこか知らない?」
「あるよ、あの向こうの駅の方の……」
「あ、あのケバブ売ってるお店のあたりの…」
「そうそう、そうだよ」
「それって、ぼくも入れてくれるの?」
「うん、誰でも入れるよ」
誰でも入れると聞いたら、これはもう行ってみるしかない。そう思ってぼくは、件の一帯に足を運んでみることにした。
JRの新大久保駅からほど近い通りは、通称イスラム横丁と呼ばれている。
辺りにはケバブ屋やハラールフードのショップ、食事ができるお店が立ち並んでいるため、いつしかそのように呼ばれるようになったのだ。
その一角のビルの一室に、教えてもらったモスクはあった。
モスクといっても、以前紹介した東京ジャーミイとは全く違う、知らなければまずわからないようなビルだ。
あのケバブ屋のお兄さんの言葉を信じ、特にアポイントもなくビルの4階に足を運んでみると、やや、どうやら礼拝の真っ最中だったようだ。中からは祈りの声が聞こえてくる。
さすがにそこに入っていくのは憚られたため、一旦出直すことに。
お昼を食べたりして、一時間後。戻ってみてみると今度は、扉が閉められていて、そこには誰もいなかった。
これは困った。誰にアクセスしたら、このモスクのことを聞けるのだろう。
そう思って訪れたのが、同ビルの2階にあるハラールフードのショップだ。
看板にはAFRICAN FOODなどとも書かれていて、とにかく色々売っていることは確からしい。
実際、冷蔵庫には冷凍の淡水魚やでっかい羊肉の塊が入っているし、商品棚は日本の商品からぼくには何なのかすらわからない缶詰までさまざまに埋め尽くされている。
中に入ってぼんやり見ていると、店員さんが「元気?」と声をかけてくれたので、すかさずいろいろ聞いてみることにした。
「このお店はいろんな国のものが売ってるんですか?」
「タイ、ネパール、スリランカ、パキスタン、いろいろあるよ」
「お店は何年やってるんですか?」
「もう10年」
「上にモスクあるじゃないですか。あれも……」
「あれはもっと長い。12,3年……」
「モスクに行きたくって、でも閉まってたんですけど……」
「4時」
そういって、店員さんは腕時計を指した。4時から礼拝があるそうだ。
しかし、礼拝に出たいわけじゃないのだけど……ただモスクについて知りたいのだが、なかなかとっかかりがつかめない。
そう思っていると、壁にでっかい魚の干物が置いてあるのが目についた。すごい迫力。そう思って店員さんに聞いてみた。
「この魚、写真に撮ってもいいですか?」
すると店員さんは断固とした調子で、
「絶対だめだよ」。
何かを写真に撮るということ、とりわけ「異文化」をその対象としてまなざすことがどのような意味を持つのか、どのような構造を喚起してしまうのか。
そういったことについて議論がされてきたのは、いくらか知っている。何かをまなざし、撮るということは往々にして、その対象を特定の枠にはめて解釈する、権力的なふるまいなのだ。
けれど、実際にこうして何かを知りたいと思うとき、自分のふるまいが、そうした議論で警鐘を鳴らされている権力性とどれほど隔たっているのか、ぼくには自信がない。
写真を撮るのを断られたぼくは、なんとなくそのまま帰るのが嫌で、パキスタンのレトルトカレーをふたつレジに持って行った。それが下の写真。
店員さん同士がオーバーリアクションで冗談めかして会計をしてくれたけれど、そこで何を言われているのか、ぼくは知らない。
写真がダメである理由も、想像はできるけれど、ぼくは知らない。
どうしたら、この「知らない」の先に行くことができるのだろうか。そのためにはおそらく、ぼく自身のことを語る必要があるはずで、でもそれだって、一方通行な語りになっては意味がない。
何かを知ることは難しい。「多文化共生」はそれほど簡単ではありえないのだ。この途上で、立ち止まってじっと考えてみたい。